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未曾有の大災害~東日本大震災を振り返る Vol.2
2016年04月08日
店も自宅も滅茶苦茶に
従業員にケガがなかったのは幸いでしたが、片づけをしながら頭の中は「お店の営業はもうダメかな。ここまでやってきたのに......」という寂しい気持ちでいっぱいでした。ただ、この時点では福島第一原発のことはあまり心配していませんでした。小学校の先生として赴任した最初の地が大熊町だった私は、原発は絶対安全だと聞かされてきたからです。
18時頃、暗くなっても電気がつかないので帰宅。食器棚の扉が開き、食器がすべて落ちて割れていました。冷蔵庫の扉も開きっぱなしで、ピーピー音が鳴っていたのを思い出します。店を出た後、ライフラインの中で最初に電気が復旧したんですね。テレビをつけて地震や津波の様子を改めて知り、家の中を片付けながら公共広告機構のCMばかり流れている異様さに、世の中は尋常ではない状況であるんだなと思いました。
大地震が起ころうと、夜は明けます。翌3月12日、私たち夫婦と従業員たちは店に向かいました。
私たち夫婦の決意
予想より早く電気が復旧したこともあり、私には「今日は昨日より片付けが進む。何とかなるんじゃないか」という気持ちが芽生えていました。しかし、私の前向きな気持ちは、再び打ちのめされることになります。
それは、福島第一原発の事故です。この日も片付け作業を進めていた私たちは、テレビで原発の水素爆発という信じられないニュースを目の当たりにします。私が大学を卒業して最初に赴任した熊町小学校は、福島第一原発のすぐ近く。子どもたちやそのご家族、一緒に働いていた先生はだいじょうぶだろうか。もちろん、店がある郡山にも影響があるに違いありません。原発の水素爆発のニュースを知れば知るほど、原子炉ごと爆発したときの不安が増すばかり。何とかなるどころか、ここにはいられない。知人や近所の住人が他県へ避難しようとするなか、私たちも避難の準備をしなさいと勧められるようになりました。
しかし、うちは質屋です。お客様の大切な品物をお預かりする使命があります。無人になった店に強盗でも入れば、Brera質アキヤマはおしまいです。私と妻は「避難はしない。店と運命を共にしよう」という意見で一致しました。(続く)
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